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バランカの街と郊外での講習会

私の住む街バランカは、約15万人の人たちが住みます。

パンアメリカンハイウェイ沿いに南から
スペ・スペプエルト・バランカ・パティビルカ・パラモンガ
という5つの町の集合体がバランカ群。
pro_BARRANCA.jpg
(手書きの黒い線がパンアメリカンハイウェイ)


パンアメリカン沿いはそれなりに人も集まって住み、
比較的それなりに近代化も進んでいます。

私は村落開発普及員という職種でバランカに来ていますが、
世界の「村落」を想像したら、パンアメリカン沿いの
それぞれ5つの町はそれに相応しくないかもしれません。

しかし、バランカ群はパアンメリカンハイウェイ沿いだけではありません。
パンアメリカンから離れてもやはり村は存在するわけで、
「村落」というイメージはそちらの方ではしっくりきます。

ということで、今まで私は村落開発普及員としては
パンアメリカンハイウェイから遠い集落で活動してきました。


有機肥料作りは大半が農家である彼らにとって
生活に直接かかわることとあって興味を抱いてくれました。

今は社会に出ようとする学生を相手に講習会をしていますが、
質問も頻繁に出ますし、参加態度も非常に真面目です。





先日、ご縁があってバランカ市内の学校にて肥料講習会を開催しました。

はじめてのバランカ市内での講習会です。



結論から言うと、大失敗。

生徒が肥料に興味を持ちません。
講習をやってもほとんど聞いてくれません。
肥料の材料を一人ちょっとずつでいいから持ってきてくれ
と生徒に言ってもほぼ誰も持ってきてくれません。
手で触りながら鶏糞等を混ぜさせますが、
「きたねー」だ、「きゃー」だ言いながら、
逃げ回って全然参加してくれません。

ということで、大失敗。

異なるクラスでやってみたけど、両方とも同じような反応。




なぜ失敗したかを探ってみました。

バランカの田舎の方では、大半の人が農業を主たる職業にしています。
生徒たちも親が農家だとしたら当然身近に感じますし、
教える生徒たちは大きな子たち(16・7歳)なので、
家の農業の手伝いをし、卒業後は直ぐにではなくとも
何年か後には自身も畑で働く可能性が十分あります。

だから、彼らの農業に関する事柄の興味は非常に高いです。


一方、バランカ市内の人たちは、農家として働く人もいれば、
商いをして働く人、何らかの専門職で働く人、と様々です。

その子たちである生徒たちも、農家で生まれ育たなければ
興味の対象ではないですし、自分が畑で働くと言う想像を
している生徒たちも、割合としてはがくんと落ちそうです。

という訳で、どこで生きるかわかんない事柄に対しては興味を持ちづらい。
有機肥料なんて興味を持ってくれないわけです。




ペルーでは一般的に、講習会などがあるときは
軽食を配ることで興味を引き、参加者の数を増やそうとします。

単純だけど、その軽食につられて参加し、
仕方なく講習会の方は聞いていくと言う人が非常に多いです。

一方私は「本当に役に立つ知識なら軽食無しで興味を持たせられる」
という考えのもと、軽食無しでここまで行ってきました。
その代わり、時間配分を考えたり、
反応を見ながら集中できるように対応してきました。


しかし、バランカ市内の学校は、はじめて軽食が活躍しそうです。

ちょっと悔しいけど、仕方なしとします。


それ以前に、需要と供給、街と郊外のそれぞれの人が
どういった興味をそれぞれ持っているのか、
その辺をもう少し考えた上で、活動していきたいと思います。
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命…儚きもの

7月28日は、ペルーの独立記念日。

世界の多くの国は、その歴史の中で
他国から独立して成立してきました。
それらの国々において独立記念日は国民の
愛国心が最も高まる日の一つではないでしょうか。

ペルーもそれらの国の一つで、
1821年の7月28日にスペインから独立を勝ち取って以来、
この日は国民にとってとても大事な日です。

街は国の色、赤と白が多くなり、至る所に国旗がなびきます。
また、ペルーの国民的な料理や飲み物もよく飲食され、
情緒深いクリオージャ音楽が一番聞かれるのもこの時期かもしれません。











そんな、盛り上がりを見せている中、一人の同僚がひっそりと亡くなりました。




上の文章と内容があまりにかけ離れているかもしれないけど、
突然の訃報は、そのく日常から
かけ離れたもので受け入れがたいものでした。


彼女はまだ50歳くらい。
いわゆる心臓麻痺にてあっという間に逝かれたようです。


一見口うるさく、おっかないおばちゃんだったけど、
私が赴任したときからよくしてくれた人でもありました。




何が信じられなくさせているかというと、前回のカレーパーティーで、
元気にカレー食べてた姿が鮮明に浮かびすぎるから。

「あんた、日本料理屋をバランカに作りなさいよ」

なんて、冗談を言っていたあの人が、数日後には亡き人に。





命とは、何と儚いものなのでしょう。



あっという間すぎて、正直2日間、
うまく理解し、位置付けることができませんでした。




でも、無理やりかもしれないし、こじつけかもしれないけど、
彼女の死から何か学ばないととも思います。



命とは儚いもの。
儚いものだからこそ、今を大切に、必死に生きよ。




失恋でくよくよしている私への、
彼女からの最後のメッセージと受け取ることにします。

中間報告

IMG_2587.jpg

IMG_2588.jpg


中間報告会を行いました。

これをやったということは、もう半分。

いやいや、今回は、一つ後の隊次の人たちと一緒にやった
っていうのもあり、残り10カ月を切っての中間報告会でした。



中間報告会には、配属先の人も来るはずでしたが、
前夜に「やっぱり来れなくなった」とのメールでひとり報告。


以前の私だったら「来るって言ってたじゃないか!」と
憤慨することもあったでしょうが、1年以上学習してきた私です。
秘露備忘録「数カ月の間に」
「期待しないで小さなことに幸せを」ということで、
今回も来ることを期待していなかったので、怒りも動揺もありませんでした。



ただ、問題は、これで発表後の質問を私一人が受けることになったことです。


今回の中間報告、JICA関係者とJICAのペルー版(APCI)の人、
それから他の協力隊のカウンターパート達が参加しました。


特にAPCI側からカウンターパートへの質問は毎回相当量となると聞いていたので、
それが私一点に集中されるとなると…、と思うと結構憂鬱でした。



結局、発表はひとり10分程度ということでしたが、私の場合は
発表中に多々質問が入るという形式になり、40分以上の発表に。



発表中は何も感じなかったけど、終わってから、疲れがどっと出たようです。



そんな疲れを誤魔化すように週末を満喫するのですが、その辺はまた次回。




発表を終え、いよいよ残り10カ月を切ったことを実感。

後悔無いように、マイペースながら一生懸命やって行きたいと思います。

やっとこさ協力隊らしくなってきた

人間開発部に属しながら
人間開発部は私の活動にノータッチ。

人間開発部に属しながら
私自身は人間開発部の活動に関わらせてくれない。

人間開発部の要請で私はここにいるはずなのに。



こんな状態が1年強続きました。

「こんなもんか」と過ごした半年くらい。

「いや、やっぱり一人で活動してるのおかしくね?」
って人間開発部に持ち掛け続けて半年強。

途中、「わかったわかった」と言いながら
何にも変わらない状況にストレスためて胃まで壊して。

再度「こんなもんか」「求めても変わらない」と
半ば諦めを込めて残り1年を過ごそうとした矢先。

1.JICAのボランティア調整員がバランカに来て人間開発部長と話合った
2.心配してくれていた市長がとうとう率先して動き出した

この2つのおかげで、やっとこさ、孤独の活動が終わりました。

人間開発部の「女性のエンパワーメントプロジェクト」メンバーになれました。

「ぼかし」や「防除」の部分はこのプロジェクトの中の一つとして統合。
(「女性」という名前ですが、「社会全体」の意に近いようです)
他はプロジェクト発足間もなくなので作り上げていくかんじです。
一緒に動いてくれる人たちも得て、数か月前とは雲泥の差です。



上記1・2がもっと早くできればよかったのかもしれませんが、
大人の事情(?)なども絡み、むしろ、幸運にもこの2つが偶然、
同時に起きたと言った方が今回の一連の出来事を言い当てています。

だから、この1年強について言いたいことは山ほどあるんだけど、
水に流し、この幸運に感謝し、前を向いて進むことにしました。


今現在、取りあえず「ぼかし」を農業学校の生徒たちに教えています。




やっとこさ、
「地元の人たちと共によりよい社会を築くための一助になる」
という、青年海外協力隊っぽい活動になってきました。

まかせてくれよ。すぐやるぜ。

Carta-remitida-por-el-presidente-de-la-Ejecutiva-d-2007091219055201xm1[1]

kaeru.jpg


写真はイメージです。


やっと書いてもらえたぜ、PEACSへの手紙!!


最初に頼んでから4カ月半。


もう、時間かかり過ぎて何度も諦めかけ
ましたが、やっとこさ書いてもらえました。





PEACSとは"カラル遺跡特別プロジェクト"と訳されます。
El Proyecto Especial Arqueólogo Caral-Supeの略。
カラル遺跡の研究や開発を手がける団体です。
ペルー政府が数年前に立ちあげました。


私の配属先はバランカ市役所人間開発部です。
観光課は存在しますが、カラルに関して非常に消極的です。

しかし、バランカの将来を考えた時、
カラルは確実に観光資源として
欠かせないものとなっていると考えられます。


ということで、市役所とPEACSの連携という形で、
私をPEACSに紹介してほしく、手紙を依頼しました。


しかし、如何せん、人間開発部が全然手紙を書いてくれない。


"書く、書く"と返事はしてくれますが、
いつの間にか忘れ去られ、また1からお願いしても
"書く、書く"と返事は···。


といったかんじが繰り返されるだけで、
書いてもらえず"これは暗に書かないよ"
と言っているのかと思い、半ばあきらめていました。

参考"サインを探せ"


そこで、先日の市長との話。


"人間開発部がダメだったら私に言え。
君がやりたいことは私が太鼓判を押す。
人間開発部で制限されてはならない。
人間開発部がだめだったらほかの人を使え。
"ほかの人"はできる範囲で私が紹介する"

こう言ってもらえたことが本当に大きかった。



"ダメなら他がある、市長がついている"

こう思いながら、改めてPEACSの手紙を頼みました。


それでも1枚の手紙のために8日間もかかりましたが
ようやくのことで、手紙を書いてもらえました。




長かったー。


でも、やりました。


今はPEACSからの返答待ちです。




残りの活動期間で、4カ月半分、取り返せますように!!
プロフィール

Ernesto

Author:Ernesto
――――――――――――

「世界の子供たちに笑顔を」

これが私のライフワーク。

メール:
purosunao#yahoo.co.jp
#を@に変えてください。

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