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帰国まで約1カ月

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帰国まで32日となりました。

思い起こせば2年前の出発の時、
成田で事故があり出発の日が1日遅れました。

☆秘露備忘録☆「いってきますは明日」



協力隊は、派遣日からぴったり2年間が派遣期間です。

私の場合、3月23日に出発予定だったのが、実際は事故で3月24日に出発。

事故で出発はできなかったものの、
派遣するつもりだった23日を派遣1日目とカウントするのか、
それとも、成田を出た24日を1日目とカウントするのか、
どう判断するのか、ずっと確認が取れないでいました。




小さな問題かもしれませんが、私としては大きな問題。


2年前、23日に出発予定隊員はたくさんいたものです。

そこで事故。

みんなで「飛ぶかな、飛ばないかな」なんて言いながら
状況を見守っていたものです。

で、実際ほとんどの便は遅れながらも飛びました。
飛ばずに翌日にまわされたのはペルー隊の便だけ。



もし、飛んだ日を基準に考えると、私だけ1日遅れで日本に帰ることになります。

帰国プログラムは帰国日翌日から組まれていますが、
全部私だけ1日遅れでひとりオリエンテーションです。





12月末、帰国の手引きが手元に来ました。


ちらっと見てみると、

「日本到着予定3月23日」。

あー終わった。
一人オリエンテーションだ。

そう思ったものです。





でも、最近「帰国便決定」というメールを開けてみると

「日本到着3月22日」


…?



どうも、みんなと一緒に成田の地を踏めるようです。


しかも、エクアドル隊と確認してみたら、
乗り継ぎのヒューストンからの便が多くの中南米隊が一緒。


嬉しいやら驚いたやら…。
とにかく大興奮です。





というわけで、3月22日14:45に日本に到着します!!



数日間オリエンテーションを受けた後、1ヶ月は日本をぶらぶらします。


名古屋や福島に行く予定なので、行く先々の方々よろしくお願いします。
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バランカで結婚式

バランカで結婚式に参加してきました。
2度目の結婚式参加。

新婦はバランカ市役所で12月まで働いていて、
悩みなどを聞き合う良き友人でした。

ちょうど1年前、私が体調を崩していた時など、
話し相手としてかなりお世話になった覚えがあります。


そんな友人の結婚式で彼女の満面の笑み。
幸せをもらえたし、感動もしました。


会場はこんなかんじ。
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新婦は新婦の父親と入場。
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みんなに祝福されます。
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婚姻届の署名後、新郎新婦はワルツを踊ります。
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新婦父と新婦のワルツ。→その後会場の全員とワルツ。
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新郎新婦との写真。
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あとはサルサ・クンビア・メレンゲに合わせて踊り狂います。
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飯の休憩をはさみ、
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また踊り狂います。
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新婦の両親ものりのりです。
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ということで、末永くお幸せに!!

断水祭

ここんとこ、バランカはずーっと断水です。
いや、バランカ全体なのか、わがアパートだけなのか…。

朝、蛇口をひねると出ない。

昼、蛇口をひねると出ない。

夜、蛇口をひねると出ない。

全然出ないなーと思ってると、
意表をついたようにどばーっと出る。

どばーっと出なくても、
ちょろちょろ出るときもあります。

シャワー・皿洗いはできるときに
できる限りやらないとと痛感しています。
トイレ用くらいはペットボトルにストックです。

夏ですなー。



バランカに限らず、リマやリマ付近は
インフラが整っていないところが多く思えます。

道路も狭い、もしくは舗装されていません。
電気は時たま停電を起こします。
ゴミ収集されるかどうかも地域差があります。
タクシーには未だにメーターが付いていません。
そして、水は断水続きです。


でも、聞くところによると、昔に比べると
だいぶ良くなってきているようです。


それでも、水だけはかなり深刻な問題なようです。

というのも、リマをはじめ、
海岸部はほとんど雨が降りません。

地下水・アンデスの方からの川を頼るわけですが、
人口増加との供給量のバランスが、今は何とかなっていますが、
崩れるのも時間の問題といわれています。



断水はきついですが、短い夏の象徴みたいなものでしょうか。

断水を含め、夏を楽しみましょう!!

日本とバランカ

バランカを歩いていると日本語で
話しかけることがたくさんある
というのはいつか書いたとおりです。



バランカで日本を感じる時




本当に、日本に行ったことのある人が多い!!


データによると、

"本人、もしくは家族のだれかが日本に
行ったことがあるバランカ人は40%"

だそうです。



めちゃめちゃ多いですよねー。




でも、この数字、何が注意かって、"家族"のとらえ方でしょう。


ラテンアメリカでは遠い親戚でも"いとこ"になっちゃいます。
遠い親戚が家族の一人となっていたら、
40%っていう迫力ほどではないような気がします。






でも、具体的な数字はさておき、多いことは事実です。







私のアパートに住んでいる住人をみてみましょう。




私が住んでいるアパートの大家さんは日本語ペラペラです。
たまに超マニアックな日本語の質問してきます。
最近は中国語の勉強もしているっぽい。


私のアパートには、もうひとり日本語ペラペラな人がいます。
彼の日本語は本当に違和感がない。
たいていスペイン語で話した方がコミュニケーションが
手っ取り早いから、日本語で話しかけられても、
日本語の練習じゃない限り、頃合いを見て
日本語に切り替えるんだけど、彼の場合、
そのまま日本語でいいやって思えます。


私の隣人は日本語は怪しいけど、日本に数年間住んでたらしいです。
子供たちは、日本生まれ、しばらく日本育ち。
ほとんど日本語覚えていないけど。


私の一つ下の階のおばさんは、日本いったことないと
思ってたけど、この前指をさして"ネコ·イヌ"と言っていました。
どうも日本に昔住んでいたようです。


斜め下の階の子供2人の名前は"YOSHIO"と"ICHIRO"です。
ペルー人にとってSHIって発音しにくいから"YOSHIO"
が"ヨチオ"って発音されます。
ちなみに"ICHIRO"は次男っぽいです。


休みの日は下の方から"粉雪"が流れてきます。





いや、これは日本に行ったことがある影響か、
それともこっちでも地味に知られている
"1リットルの涙"の影響かは分かりませんが。










世界恐慌の影響で数は減ってしまったと
思われますが、日本に入る日系ペルー人も、
実はかなりバランカ出身者が多いようです。



日本に入る皆さんのまわりの日系ペルー人にも
聞いてみたら、意外と"バランカ出身"
という答えが帰ってくるかもしれませんよ。

日本語が打てるPC

バランカでは日本語の打てるPCは
CHIKAKOさんのPCしか無いと思っていました。

実際、何個かのPCは調べてみたけど
インストールする必要有りでした。
だから諦めていました。


でも、最近発見してしまった!!


人間開発部においてあるPC、1つだけ日本語設定できる!!


今までまったく気がつかなかった…。

まさに灯台下暗しですな。

職場のだから、そんなに使えないけど、
PC戻ってくるまでの間、
ちょっとずつ書いていきたいと思います。
プロフィール

Ernesto

Author:Ernesto
――――――――――――

「世界の子供たちに笑顔を」

これが私のライフワーク。

メール:
purosunao#yahoo.co.jp
#を@に変えてください。

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