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カラルについて その2(時代について)

前回の、動画とは打って変わって、
今回からはカラルがどんな遺跡なのかを
書いてみたいと思います。
カラル 005


カラルは紀元前3,000年前頃~紀元前1,800年前頃の遺跡。

1,905年に一度その存在は確認されていたものの、
本格的な調査はされないままでいました。
しかし、2,001年に本格的な調査が始まると、
発掘物の炭素年代測定で「紀元前2,627年」という
数字がはじき出され、大発見となったわけです。
カラル 044


それにしても、紀元前2,627年…。

紀元前660年よりとっくの昔です。

むしろ、それどころか、
世界四大文明と時期が重なります

そう、小さいころ習った世界四大文明です。
今は黄河文明だけでなく、
長江文明もあったと言われていますが…。
それでも「四大文明」は世界史の中で
最初の方に学ぶ、重要項目でした。

具体的に他文明と比べてみましょう。

エジプト文明を擁するエジプト王国は紀元前3,100年頃
成立で、あのピラミッドが建つ古王国時代が
紀元前2,686年頃~2,181年頃と言われています。

メソポタミア文明では、都市国家の形成が
始まるのが紀元前3,100年頃です。
「目には目を」でお馴染みの古バビロニア王国の
成立が紀元前1,894年と言われています。

インダス文明は
紀元前2,600年頃~紀元前1800年頃
の文明と言われています。
(すんません、全然詳しくない)

黄河文明は前半の代表的な文化が仰韶文化で、
紀元前5,000年頃~紀元前3,000年頃と言われていますが、
都市国家が形成されていったのは竜山文化で
紀元前2,000年頃~紀元前1,500年頃です。


時期だけで比べると、
あの四大文明と同時期に
現在のペルーで文明が存在していた

ことがわかります。

今後の調査によっては
既存の世界史が覆される
可能性があるわけです。

次回以降、もう少し、カラルについてみてみましょう。



おまけ:前回の撮影時の失敗バージョンです。
カラル(失敗)



看板まで一直線に行けず、上行って下行っての画。
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カラルについて その1

先日、カラルという古代遺跡に行ってきました。

この遺跡、本当にすんごいんです。
そして、この遺跡が私の協力隊の活動に
関わってくるかもしれないんです。
でも、如何にすごいか、どう活動に関わるか
という説明は次回以降に回します。

今日は、Google earthでの空からの写真と、
カラル


動画をお楽しみください。
カラル


ちょっと調子に乗り過ぎたかな!?

ペルーのスペイン語

ペルーのスペイン語、なかなか難しいんですよー。

まあ、たとえ同じスペイン語圏でも、全ての地域で最初は
その国独自の単語・アクセント・言い回しに
苦労するものだから、想定内っちゃ想定内なんです。

それでも、それでも、あまりに通じない・
聞き取れない・単語がわからなかったりすると
結構長くスペイン語やってきたんだけどなーと凹むものです。

最初に比べたら単語も覚えてきて、だいぶ
マシになってきましたが、もう少し勉強が必要です。




以下、日本の教室で一般的に習う単語やメキシコや他の国で
使われていた単語と如何に違うか、書いてみましょう。


chacra「畑」
今まで聞いたことのある「畑」は
campo・finca・huertaと、結構知っているつもりでした。
でも、ここでは一番一般的なのがchacra。
ケチュア語から来ているそうなので、
エクアドル・ボリビアでも使われているのかな?


paradero「バス停」
いや、そんな違わないんですけどね。
今までparadaとしか聞いたこと無かったから…。


playa「駐車場」
http://sunaoenperu.blog33.fc2.com/blog-entry-11.html
こちらでも書いてあります。
普通「ビーチ」でしょうが~。
日本でお世話になったスペイン語の先生もこれには驚いていました。


chela「ビール」
日本の教室ではcervezaと習います。
メキシコではこれは使われていたかな?
教えてメキシコに詳しい人。


chifa「中華料理(レストラン)」
普通"comida china"「中国の料理」と表すが、
ペルーでは1単語で表すことができる。
これは、中華料理が如何にペルー国内に
日常に入り込んでいるかを表していると思う。


pollo「酒に弱い人」
この単語だけなら普通「鶏」という意味です。
鶏は酒そんなに飲めないのかな?


choro「泥棒」
日本のスペイン語教室では"ladron"だけですよね。
「チョロチョロすばしっこい泥棒」と親父ギャグで覚えることにしました。


ni chicha ni limonada「可もなく不可もなく」
直訳すると「トウモロコシの飲み物(田舎のもの)でもレモネード(都会のもの)でもない」
といった感じになります。
そこまで使うわけではないけど、ペルーっぽい表現なので書きました。
他にも"de chicha"と単語につけると「田舎の」「田舎っぽい」となる。


grifo「ガソリンスタンド」
日本の教室でこの単語を聞けば「蛇口」の意。
いやー参りますね。


caña「水道(管)」
この単語だけ聞けば、教室では「サトウキビ」です。
ただ、サトウキビだけでなく、茎っていう意味もあるから
「茎」≒「管」と派生したのだと思います。


ya「はい」
スペイン語を習う際、初日に「はい」は"sí"と習うはずですが…。
もちろん"sí"も使いますが、こちらもよく聞きます。
教室では"ya"は「もう」の意。


nomás「~だけ、~のみ」
上のリンク先でもふれています。
同期がエクアドルでも聞くって。


pe「特に意味無し」
語尾につけます、やたらと。無駄に。
日本語の「じゃん」とかと同じかな?


recién「ちょっと前に」
これも今まではそんなに頻発しなかったな~。
ペルーでよく聞く単語です。


de repente「恐らく」
ペルー以外では「突然」って意味なのに…。
意味が変わってしまいます。


pata「友達・親友」
教室では「脚」という意味です。
"amigo"という素晴らしい単語も使ってあげましょう。


こんな感じです。
まだまだあるけど、主に気付いた知らないと
致命的な基本単語は今のところこんなもん。

どれだけ致命的になるかと言うと、
例えば、ちょっとあり得ない状況かもだけど、
「友達と駐車場でビールを飲んだが、奴は酒が弱かった」
ってペルー人が言った時、教室で習った言葉だけで解釈しようとすると、
「脚が浜辺で○○○(わからない単語)を飲んだが、脚は鶏だった」
ってわけわからん解釈しかできないわけです。


また、
奴はたぶん泥棒だ」
って時も
「奴は突然○○(わからない単語)だ」
ってことになってしまうわけです。


そんなわけで
もっともっと学ばなくちゃならないってわけですな


蟹くんも「頑張れ」って言ってくれてます。
蟹 005

嬉しい言葉

今は、何度か書いているように、たくさんの集落へ
足を運びながら状況把握をしているわけです。

海岸沿いの村に行くときには、
蟹 011

蟹と格闘しながら、

内陸の村に行くときには
コンクリート舗装されていない道を、
ビルヘンデメルセデス 003

山羊に退いてもらいながら、

様々な集落を巡回しています。




さて、いつものようにとある村を巡回し、
村人数人から話を聞いた後、
最後にその村の村長さんと話をする機会を得ました。

その村長さん、結構若かったんだけど、
村想いで、なかなか熱い人でした。


去り際、その村長さんからの最後の言葉。

「ここは中心から離れた、疎外された場所。
政治家はここに視察に来て話を聞きに来る
こともあるが、決まって選挙前だけだ。
票のために表向きに話を聞きに来るだけ。
でも、お前は選挙などは関係なく来て、
親身になって現状を聞きに来てくれた。
選挙なく関係無く来てくれたのは初めてだ。
調査中で、ここがお前の活動の場所になるかは
まだ分からないそうだが、少なくともその姿勢が
我々は嬉しく思うし、その姿勢に感謝したい」


「それが私の仕事」
と私は言いつつも、これから活動をしていく上で
大いに勇気づけられる言葉となりました。

最近の外の飯

前回が自炊の飯だったので、今度は外の飯。

毎回外食の時は、その量に乾杯であり完敗です。

まずは、ミラノ風カツレツことミラネサ:milanesa。
レティシアとパカイ 014

とにもかくにもでかい
これ、写真じゃわかりにくいけど、結構な大皿です。
下にはご飯と野菜があるけど、
この肉のでかさの印象が大き過ぎて、
野菜などあってないようなもの。
どんな野菜が入っていたか覚えていません。

メキシコにも同じ名前の食べ物はあるけど、
こんなでかいものは記憶にありません。

約330円也。


続いてペルー風焼きそばこと、タジャリンサルタード:tallarin saltado。
ビルヘンデメルセデス 010

トマトやタマネギなどが炒められているのが特徴です。
味は、日本の焼きそばをどこか連想させるような、させないような…。

タジャリンサルタードから麺を除いて、揚げたジャガイモを一緒に炒め、
白いご飯と一緒に食べるのがロモサルタードlomo saltado。
トマトを白飯と食べることに抵抗が無ければ、とてもおいしいものです。
写真は撮るのを忘れました。

約270円也。


それから、昼に出てくる「本日の定食」メヌーmenu。
メキシコでいうところのコミーダコリーダcomida corridaです。
汁ものと、大皿と飲み物が出てきます。

この日は貝の汁ものと、鶏・豆・白米の大皿、そして味の付いた飲み物。
レティシアとパカイ 016
レティシアとパカイ 017

この「本日の定食」は、日によって食べたい物が
出てきたり出てこなかったりです。
ときには鶏の足の汁ものや上に挙げたロモサルタードなども。
値段がとても安いので、結構行っています。

合計約90円也。


職場である市役所の近くの軽食屋さんが
料理を作って小さな箱に入れて、市役所まで
毎日売りに来るので、それを食べる時もあります。

この日は、右が鶏と野菜を煮たもの(名前は忘れた)と白米。
左がパパアラワンカイーナpapa a la huancainaと言い、
ジャガイモに伝統的な味であるとろみのある汁をかけたものです。
シーチキン炊き込みご飯・レティシア・怪我 002

とても安いが、何より量が少ない。
外で食べる時は毎回その量と格闘している私としては、
戦いがいの無いこの量には正直がっかりさせられます。
あ、もう1個頼めばいいのか。

でも、市役所の人たちもそんなにこれは食べておらず、
食べるとしたら、おやつ程度にしか食べていないのも事実です。

約75円也。



残り22カ月のバランカ。
全て食いつくすぞ、おー

炊飯器料理集

今の生活で熱を加えられるものは2つ、
電子レンジと炊飯器です。


電子レンジは、外で食べて食べきれなかった時に
持ち帰って、翌朝食べる時に非常に重宝しています。

それより何より、お世話になっているのは炊飯器。
ご飯に麺にスープになんでもござれ
日本に帰るころには炊飯器料理マスターになっていることでしょう。

今日はその料理集を少し。

1、白飯とアボカド・ツナの混ぜ混ぜ
メルカド 021
炊飯器を使ったのは白飯だけです。
アボカド・ツナ・醤油のみの簡単手抜き料理。


2、ツナの和風パスタ
母の日等 004
醤油やみりん・だしとかでスープパスタっぽくやりたかったけど、
スープが少なくて、単なるパスタになっちゃったの図ですw
味は美味かった。


3、タマネギ丸ごとスープと前日外で食いきれなかったチャーハンの残り
カラル 049
タマネギ丸ごと・ジャガイモ・ニンジン・ソーセージ・ハムに
コンソメとちょっとの鰹だしで味を調え最後に塩胡椒。
これもなかなか美味かった。
ニンニクを入れたらきっともう少し大人の味になったかも。


4、ツナの炊込みご飯
シーチキン炊き込みご飯・レティシア・怪我 001
シーチキン・ニンジン・生姜・醤油・みりん・だし。
これは大ヒット。
非常に美味かった。


5、ピラフ風カレー
蟹 002

ジャガイモ・ニンジン・タマネギ・ソーセージ・コンソメ・カレー粉。
水が若干多く、タマネギの皮も少し残っていたのが
若干失敗気味だったが、味は大成功。



他にもマカロニとか、袋ラーメンとか、いろいろやってます。

また炊飯器料理も書いていきまーす。

今の仕事の一部(写真が1枚被っていたので差替えました)

今の仕事は、バランカの中にある村々を巡回すること。

巡回して、村の住民と話をたくさんして、話をたくさん
聞いて、まずは村々の現状を知ろうとしています。

また、バランカに関するいろんなデータや読み物を読み漁っています。
バランカが発行したデータ本みたいのや観光用パンフレット、
ペルー政府が管理している資料等です。

現状を、生の声や数字等から拾っていき、
俯瞰的に全体を見渡してから、自分にできること、
または、やるべき優先順位が高いものを拾い、
その後、具体的な活動に入っていく予定です。
6月中旬頃までには具体的な活動に入る予定。

気付くことはたくさん、やるべきことと思うこともたくさん。

でも、まだ走り書きのメモ以外、言葉にするのを控えます。
しっかりした言葉にした瞬間、なんか自分の中で、
そこで思考が止まってしまいそうで…。

もっと全体が見えてから、言葉にするつもりです。


ということで、写真だけ載せたいと思います。

村1
レティシアとパカイ 001

村2
レティシアとパカイ 002

村3
レティシアとパカイ 008

村4
レティシアとパカイ 011

村のトイレたち
レティシアとパカイ 003



シーチキン炊き込みご飯・レティシア・怪我 010

トイレ
レティシアとパカイ 006

かまど
シーチキン炊き込みご飯・レティシア・怪我 012

メルカド(市場)にて

バランカの、メルカドに行ってきました!!

さすが人口が13万人いる街の中心的メルカド。
ペルーのメルカドの中でもまあまあ大きい部類に入ると思います。

市場に入ると…、
メルカド 002

出ました、ヤギ肉です。
ヤギは脂のにおいがすごく特徴的で、鼻につきます。


いや~見事に捌かれております。
メルカド 006


この鶏も見事ですね~。
メルカド 009


それから、THE DOGっぽく、
メルカド 007
THE PIG!!


メルカド内で、好きな切り方に切ってくれます。
メルカド 001
今度ここで買って何か作ろうっと♪



それから、さすが海に面した街、
メルカド 013

タコに、貝に、向こうにいるのはペヘレイ(pejerrey)と呼ばれるトウゴロイワシです。

さらには
mercadoの蟹

カニたちも。
やはり新鮮ですね~。

本当に魚介類の種類が豊富でした。




野菜や果物コーナーにも行ってみます。

まずは果物、
メルカド 010

桃の右、青マンゴーの奥にある柿のようなオレンジ色の果物である
パッションフルーツ以外はそんなに珍しいものは無いかもしれません。

それから野菜、
メルカド 011

緑色のものは名前を忘れてしまいました。


え~い、面倒だから一気に動画で!!
mercado en Barranca


内容は、
私「生姜をもう一回見せてちょーだい。」
店員、笑いながら生姜を見せてくれる。
私「あ~大きいねー。それから、あれ、何て名前だっけ」
店員オレンジ色のものを、手に持ちながら、「オユコ」
私「ユコ?あ、オユコね。それ、ジャガイモではないん?」
店員「いーや、ジャガイモはあっちよ。」
私「それ、どんなん?」
店員「炒め用に使われて、実は黄色よん」
私「甘いとか?」
店員「甘くはないよ。あ、あんなかんじで食べ(「る時には切って炒めるのよ」が続く)」

ってな感じです。

オユコ(olluco)は、ツルムラサキ科の植物で、ペルー料理にはたまに出てくるようです。
ただ、私はまだどの料理に入っているのがオユコかわかっていません

店員さん、オユコの味が甘くなくてどんなんだかは
結局教えてくれなかったんですけどね!
説明しにくいのかな?

それから、生姜はスペインではヘンヒブレ(jengible)ですが、ペルーではキオン(kion)と呼ばれます。

トウモロコシが白くて粒がでかいのと、タマネギが紫色なのが印象的ですね。

以上、食材を中心にメルカドからお伝えしました。

そこにグラウンドがあったから

ペルーに来て、ほとんど運動らしい運動をしていなかったので、
体の中にいる「運動したい病」がついに発症しました。

この症状は重症で、体が動きたがってウズウズしてました。
放っておいたら、体重が増えるという末期症状が出ました。
Ernestoはこれを、一刻を争う一大事と判断、
色んな人に頼んで、サッカーにまぜてもらいました。

「やりたい、やりたい」と言った割には
中高で野球、大学でソフトボールをやっていたErnestoは
サッカーに関しては、観ることは大好きだけど、
やったことはほぼ無しで無謀にも南米サッカーに挑戦です。

ということで、木曜日と金曜日、仕事後にサッカーをやってきました。
写真は金曜日に試合をしたスタジアム。
バランカへ 009


素人はチームの直接的な致命傷を受けにくい1列目か1.5列目のポジション。

足技では絶対に勝てないから
頭を使おうと思い以下の事を留意しました。
テクニックが無い分対人プレーを少なくし、足を使おうと。
・守備時はコートを3つに分けた真ん中の只管ボールを追いかけまわす
・見方がボールをもらったら、相手DFの裏を走りボールをもらう
・チャンスにはとにかくゴール前のいいところに詰める
(サッカー経験者の方々、アドバイス願います)

な~んて考えてやってみたものの、
言うは易く行うは難し。
木曜日(15分ハーフ)は開始10分でバテバテ。
金曜日(20分ハーフ)も20分でゼーゼーハーハー。
落ちた体力を心底実感

でも、木曜日は3-3の引分のうち2得点。
金曜日も2-2の引分のうち1得点。
全得点とも最初の動ける時間帯だったけど。

一緒にやったペルー人たちからのお言葉集。
「毎日砂浜を走れ」
「もっと上がり下がりを速くしろ」
「下手だけど得点だけは取るな」
「最初あった気合を最後まで」

そうそうそう、その気合でまたもや勲章をいただきました。
シーチキン炊き込みご飯・レティシア・怪我 030

手も足も腰らへんにもかすり傷。
開始10秒位でライン際のボールを止めに行ったときに
勢い余ってこけたんだけどこけた場所は砂利でした~。
マキロンあってよかった。

帰るまでにはもう少しサッカーが上手くなっていたいものです。

パカイ~不思議な食べ物

メキシコや他の国では全く見たこと無くて、
ペルー、特にバランカに来てから
やたらと見かける奇妙なものがある。

その名もパカイ

今日は昼飯後に屋台で
その奇妙なものを立ち食いしてきました。


交差点にある屋台に寄ってみると、
レティシアとパカイ 018
ありました。

さやえんどう?空豆?
とにかくでかい。
30㎝はあります。


屋台のおばちゃんに端を切ってもらうと、
レティシアとパカイ 020

出てきた出てきた、さなぎのような、綿のような
なんとも言い難い物体が出てきます。


手で簡単にこれくらいの大きさの塊がつかめます。
レティシアとパカイ 021

やっぱりさなぎ?
いや、綿菓子かな?

パクっと口へ。
レティシアとパカイ 024


白い綿の部分は
甘くて、ジューシーで、冷たくて、非常に美味。

綿の中の空豆くらいの大きさの種を出しながら食べます。



パカイは南米原産のマメ科の植物。
マメはマメでも珍しい甘いマメ。

少なくともインカの時代から食されていたようです。
いや、それどころか、米科学アカデミー紀要(PNAS)
によると、ペルー付近で9,200年前を生きた
人類の歯垢を調べるとた、パカイの成分が出てきたそうです。

今ではボリビアでも食されてるそうですが、
エクアドルでも食されてるのかな?

いずれにせよ、
ペルーにお立ち寄りの際はご賞味あれ。

バランカの街の規模

今日は私の住む街、バランカの街について。

意外と大きな街で、協力隊っぽくないかもしれません。

私の住むバランカは、正確には
ペルー国リマ州バランカ郡バランカ地区。
だから、「バランカ」とだけ言われると、
郡の事を指すのか地区の事を指すのか
なかなかややこしいです。

私の住んでいる街はバランカ郡の中にあるバランカ地区。
そして、私の仕事の範囲はバランカ郡全てです。


写真はバランカ地区のセントロを遠くに眺めて。
15422473[1]
黄色い建物が教会です。


バランカ郡の人口は、2005年の資料で137,689人。
小樽市と同じくらいの人口です。
(と言われてもピンとこないな、絶対)
その中のバランカ地区の人口はというと、
こちらも2005年の資料で61,513人。
またまた一部の人しかピンとこないマニアックな例
で言うと、駒ヶ根の人口の2倍弱です。

面積は、バランカ郡が1,356㎢で釧路市と同じくらい。
バランカ地区は154㎢でこちらは駒ヶ根市より少し小さいくらい。
(またもたとえがわりいな、こりゃ)

そしてここ、バランカは商業の街と言われてます。
この街には銀行が6信用金庫が9あります。
全国に展開する銀行がほとんど。
母の日等 005
写真は街のメインストリートのメイン交差点に位置する
Banco Continental(バンコ コンティネンタル)。


それから、電気屋さんもよくみかけます。
全国に45店舗展開するcuracaoを始めとし、
母の日等 008
本当にたくさんの電気屋さんがあります。

ただ、大型ショッピングモールなどはなく、
庶民のmercado、市場が健在です。
市場についてはまたの機会で詳しく紹介します。


で、これがメインストリート。
母の日等 009
人口や銀行の数などに比べると、
メインストリートとセントロは少し小さめです。



最後に非常にわかりにくいけど、Google earthによるバランカ地区。
barranca.jpg

ワラルに行ってきました その3

ワラルでの小話を少々。



ワラルへ行く最中、バランカ内の各集落から
集まった代表者たちは各々自己紹介。
「あなたどこから?」
「ポルベニール(バランカの南端)」
「へ~、そんなに遠くから」
みたいな会話が繰り広げられるわけです。

んで、私も聞かれるわけです。
「おまえどっからだ?」
「日本から」
(一瞬の沈黙の後、目を見開いて)
「バランカじゃないどころか、日本からか!!?」

こんな感じで3度驚かせてしまいました。



それから、みんなが私のことを認識してから。
一人の中年のおばさまが俺にやたら話しかけてきます。
"Vamos, OHAYO"(行くわよ、オハヨー)
写真撮るときも
"Acércate aca, OHAYO"「こっち寄りなさい、オハヨー」
食事のときも
"Puedo acompañar, OHAYO"「ご一緒していいかしら、オハヨー」
まさかと思ったけど、まさかでした。
おばさま、私を"オハヨー"と名づけよった
"オハヨー"は、さすがに最初何言ってるかわからなかった…。


ちょっとチステ(ラテンアメリカで聞かれるオチ付の小話)っぽいお話。

クイの育て方を習っていた時、
「クイを繁殖させるのに一番いい雄と雌の比率は1対7」
すると、隣村の村長さん、
「ペルー男性も、男1人に対して女7人を希望します」



最後にワラルでのヤギさん。
ワラルのヤギ

ワラルに行ってきました その2

前回の続き。

ワラルに研修旅行へ行くのは、
所属する人間開発部の職員と、
バランカ内にある各村に住む、
農業や人間開発に興味のある人たち。
ワラル 035


3時間くらいバスに乗り、着きました。
ワラル 007


入り口を入るとすぐに19年前に殺害されたJICA専門家の碑。
ワラル 010

「1991年7月12日の悲しむべき殺害を偲んで。
当施設は、ペルーの農業開発のために来た彼らを模範とし、
いつまでもこの国の農業発展のために尽くそう」


といった文言を読み、しばし碑の前に立ち尽くしてしまった。
私が今ここで協力隊員として働く背後には、
大きな志を持って活動された先輩方の歴史があり、
同時にいろいろな人たちの想いが詰まっていることを感じました。


それ以降、ここの前を通るたびに彼らの事を想いました。



さて、ここINIAでは、家畜飼育や農業について、
いかに効率的に生産していくか、零細農家を
主に対象とした講座が行われていました。

講堂でのクイ(天竺ネズミといわれるもの。ペルーでは食用)の飼育や
簡単にできる肥料作りについての講義があったり、
ワラル 014

実際に動物や野菜を見ながら講義を受けたり、
ワラル 037

そんなこんなの2日間。
中身の濃い内容でした。


もう1つ私にとってとてもよかったことは、
村の人たちと1泊2日をともにして、
彼らが何に興味を抱き、彼らにとって何が
優先順位の高いものか、知れたこと。
インタビューだけでは知れないことを知れました。


夜は男どもで飲み屋で1杯。
ワラル 043
すげー青いところでした。
雰囲気はとてもよかった。


…ビールはぬるかったけど。


総じて充実した1泊2日の研修旅行だったと思います。

ワラルに行ってきました その1

1泊2日でワラルに行ってきました!!

その時見たクイ飼育↓
クイ飼育


でも、ワラルそのものの話より、
今回はそこに至るまでの経緯を書きたいと思います。

話をずっとさかのぼらせます。

JICAは1980年代まで、日系人が多くいたこともあり、
ペルーと深い関係を築いていました。
当時は協力隊もたくさん派遣されていました。

しかし、1991年7月、状況は一変します。
JICAから派遣されていた専門家3人が、
リマの北北西に位置するワラルのINIAという
野菜生産技術センターで、テロ組織により
殺害されるという事件が起きます。

この事件を機に、JICAはペルーへの専門家・
調査団・協力隊員の派遣を中止します。

一時、再開の動きもあったものの、
1996年の日本大使公邸占拠事件があり、
長い間、見合わせられてきました。

10年の歳月をかけ、短期隊員の
派遣が再開されたのが2007年。
長期隊員は2008年。
私の派遣は長期隊員の派遣が
再開されてちょうど1年経ってからでした。

そして先週、私の職場・バランカ市役所でのカウンターパートとの会話。
「Ernesto、来週研修旅行行くぞ」
「どこ行くの?」
「ワラルのINIAってとこだ。農畜産がすごいんだ」

…ということで、問題の場所に行くことになりました。

リマのJICA事務所へ安全対策講習を受け、
私自身も当時の事件を読み返した上で、
カウンターパートも敏感な私たちを気遣いながら、
問題の場所へ行ってきました。

続きはまた次回。

牛さんでさようなら。
ワラルの牛

食いきれへん

今日は日常の飯について少々。

ペルーの飯は量がすこぶる多いです。

1食これでもかってほど盛られてきます。

これは「タクタク コン チュラスコ ア ラ ポブレ」。
飯 001


タクタクは、すり潰した小豆のでかい
バージョンの豆をご飯と一緒に炊いたもの。
チュラスコはブラジル料理でいうところのシュラスコで、肉。
ア ラ ポブレは卵の目玉焼きに揚バナナというスタイルの名前。

うまいんだけど、どう頑張っても食いきれませんでした。
タクタクだけでご飯5杯分位あるんだもん。
残りは持ち帰って次の日の朝飯にしました。
約450円也。


それからラテンアメリカではとってもおいしいチキン
ポジョ ア ラ ブラサといって、鶏の丸焼きです。
飯 002

これは何とか食いきったけど、これも大変な量でした。
私は4分の1コースを頼んだけど、メニューには2分1コースや1羽コースも。
みんなどうやって食ってるんだろう?
約220円也。

今日はたまには昼も家で作るかということで、パスタ。
(朝は家で、昼は外で今のところ食ってます)
飯 003

もちろん炊飯器で作りました。
チーズのクリームとハムと塩コショウのシンプルパスタ。
なかなか美味かった。

やっぱりこのくらいの量がちょうどよいですな。

新型インフルエンザ

新型インフルエンザH1N1(旧称豚インフルエンザ)が流行りだして、しばらく経ちました。

この間、無念にも
メキシコのボランティア隊員は全員日本へ退避
が決定。
しばらく日本で様子見だそうです。
同期も赴任日に退避が決まり、さぞかし無念だったことでしょう。

一刻もはやくおさまり、一刻もはやく戻って活躍できることを祈ります。



それを受けて今日は
ペルーでの新型インフルエンザH1N1について

ペルーでは、電子版el comercioによると
ペルー時間5月3日19時30分現在、
感染の疑いのある患者が7名いるようです。
また、チリやアルゼンチン・ブラジル・コロンビアなどといった
ペルーと国境を接する国々においても、各国10名前後の
感染の疑いのある患者がいるようです。
(コロンビアにおいては28名の感染疑い)

数日前、「メキシコからペルーに降り立ったアルゼンチン人に陽性反応が出た」と
大騒ぎでしたが、結局精密検査の結果陰性だったらしく、
まだペルーにおいては感染が決定した患者はでいていません。

ちなみにペルーでは5月2日までに67,000人分の処方薬を集め備えて
いたのに加えて、電子版el comercio18時42分更新記事によると、
更に26,000人分の追加があったようです。
合計約100,000人分の処方薬で対処にあたる
ようです。

私のいる街バランカでは、しょっちゅう話題にはあがるものの、
緊張感みたいなものは全くといっていいほどありません。
国内に感染者が出たりしたら、もう少し変わるのでしょうか。


あ、そういえば、私、どうでもいいことかもしれませんが、
ちょっと前にメキシコで豚の近くで生活
してました。
これはその時の豚さんです。
PC310584.jpg

PC310585.jpg

PC310587.jpg

また進展等あったら報告します。

当面の仕事

バランカに来てから1週間が経ちました。

今日は少しだけ仕事のお話を。

ここが私に所属する市役所。
バランカ3日目 001

アップです。
バランカ3日目 002


私はここの3階の一番奥、「人間開発部」に属します。

人間開発部はバランカの「開発」に関すること全てを取り仕切るところ。

そこで私が何をするかというと、


何でもします。



カウンターパートからは漠然と
1、社会基盤インフラ
2、街活性化
ということを言われています。


はじめの1カ月以上は、街全体を見渡し、
街の人たちが何を求めていて、その中で自分で
何が出来るかということをつかむための期間
となりそうです。

広い意味での調査期間と位置づけます。


んで、早速1番端っこの村まで行ってきました。
中学校訪問等 001
こんな感じの村がいくつもあるそうです。


それから、昨日は調査とは別に、街の中学校
(とは言っても5年制で、高学年の生徒はかなりでかい)
へ行ってきました。
人間開発部主催での「社会人になる前の心構え講座」
みたいなものをやっていました。
「そうか~就職活動の生徒たちか~」なんて呑気に観ていたら、突然、
「Ernesto、日本の経済成長とそれに基づいていた心構えについて語ってくれ」
と、無茶ぶりとも取れる依頼を受ける。

中学校訪問等 017

大したことは言えなかったけど、笑いも取れたし、
みんな真剣に聞いてくれたし、
準備無しにしてはよく頑張ったということにしましょう。


でも今後、こういったことはスポット的なもので、基本は調査になると思います。
プロフィール

Ernesto

Author:Ernesto
――――――――――――

「世界の子供たちに笑顔を」

これが私のライフワーク。

メール:
purosunao#yahoo.co.jp
#を@に変えてください。

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