スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ペルーはお好き?

昨日、レストランで150円定食を食べていたら、
テレビでメキシコ対イングランドのサッカー親善試合が
今まさに始まろうとしていました。

試合前の国歌を聞きました。
(試合前の映像ではありませんが)



「メキシコ人たちよ、戦いの叫びをあげよ!!」
って勇ましい出だしを聞いた時、
なんとも言い難い懐かしさに襲われました。

何というか、故郷を想う感覚に似ていたと思います。

それだけ、メキシコへの思い入れみたいのを強く持っているのでしょう。




ところで、今住んでいるペルーへの思い入れは?




ペルーに住んでいると「ペルーは好きか?」とよく聞かれます。


大抵、「好き」か、「旅行するにはという限定で最高」と答えるんだけど、
考えてみると、メキシコを好きと言うほどこの国を好きなのか、
ちょっと、いや、大いに疑問に思ってしまいます。



今、どっかの国でたまたまペルー国歌を聞いたときに
冒頭のメキシコ国歌ほどの郷愁に近い感覚に陥るか、甚だ疑問です。









でも、これってある意味仕方ないことですよね。


メキシコとペルー、滞在の形態が全く違います。

メキシコでの時間は、好き勝手勉強して、やりたいことやって、
旅行もいっぱいして、メキシコ人と話すのもお馬鹿なことに徹せました。
「メキシコ」と聞けばお花畑のような思い出が思い浮かぶわけです。

対してペルーでは、協力隊として配属され、
「仕事を進めたい」
という中で、うまくペルー人と進められなかったり、
言語もさることながら、それ以上に
文化的なコミュニケーションのギャップに悩まされたり。
「ペルー」と聞けば、苦い思いも混じってきます。



でも、どっちの方がその国により向き合っているかと言えば、後者です。

メキシコでの思い出は、実はいいとこどりなだけだったのかもしれません。
もしメキシコで協力隊活動をしていたら、もしかしたら
ペルーと同じような思いを抱いていたかもしれません。


改めて今、私は貴重な経験をしていると思います。
普通の留学や旅行では味わえない経験。
苦い思いもするけど、この立場で無ければ絶対味わえませんでした。




この国を思うとき、苦いイメージも同時に浮かびます。

でも10ヶ月後、それまでも含めてこの国を「愛おしい」と思えるならば
それはきっと、冒頭に挙げたメキシコへの郷愁を遥かに凌ぐものとなるでしょう。

そう思えるか否かは、任期を終えてからのお楽しみ。
今は「向き合う」ということを大きな意味で楽しめたらと思います。














でもやっぱりメキシコいいなー…。
スポンサーサイト

やっとこさ協力隊らしくなってきた

人間開発部に属しながら
人間開発部は私の活動にノータッチ。

人間開発部に属しながら
私自身は人間開発部の活動に関わらせてくれない。

人間開発部の要請で私はここにいるはずなのに。



こんな状態が1年強続きました。

「こんなもんか」と過ごした半年くらい。

「いや、やっぱり一人で活動してるのおかしくね?」
って人間開発部に持ち掛け続けて半年強。

途中、「わかったわかった」と言いながら
何にも変わらない状況にストレスためて胃まで壊して。

再度「こんなもんか」「求めても変わらない」と
半ば諦めを込めて残り1年を過ごそうとした矢先。

1.JICAのボランティア調整員がバランカに来て人間開発部長と話合った
2.心配してくれていた市長がとうとう率先して動き出した

この2つのおかげで、やっとこさ、孤独の活動が終わりました。

人間開発部の「女性のエンパワーメントプロジェクト」メンバーになれました。

「ぼかし」や「防除」の部分はこのプロジェクトの中の一つとして統合。
(「女性」という名前ですが、「社会全体」の意に近いようです)
他はプロジェクト発足間もなくなので作り上げていくかんじです。
一緒に動いてくれる人たちも得て、数か月前とは雲泥の差です。



上記1・2がもっと早くできればよかったのかもしれませんが、
大人の事情(?)なども絡み、むしろ、幸運にもこの2つが偶然、
同時に起きたと言った方が今回の一連の出来事を言い当てています。

だから、この1年強について言いたいことは山ほどあるんだけど、
水に流し、この幸運に感謝し、前を向いて進むことにしました。


今現在、取りあえず「ぼかし」を農業学校の生徒たちに教えています。




やっとこさ、
「地元の人たちと共によりよい社会を築くための一助になる」
という、青年海外協力隊っぽい活動になってきました。

日常にソフトボールがあるよろこび2

ペルーの協力隊は長期ボランティアの派遣が再開されて2年ちょい。


それまでは長い間見合わせられていたわけですが、
その更に前にはたくさんのボランティアがペルーで活動していたわけです。

なかにはスポーツ隊員の方々もいらっしゃいました。

そんな方々の縁が縁を呼び、結びつけ、現隊員、私の元に電話で
「教える人がいない。ソフトボール協会でコーチをしてくれないか」
という話が来たのが半年前くらいだったでしょうか。

そうこうしているうちに、私の体調が悪くなり、日本へも一時帰国。
ソフトボール協会の方も2月にはコロンビア人コーチを招き入れ、一旦立ち消えに。




さて、昨日AELUでソフトボールのリーグ戦が始まりました。
非常に楽しかったのは前回の記事の通り。

試合後、観客席でまったり豚まんなど食べていると、
どうみてもペルー人ではない人たちがグラウンドに入ってきます。
胸元の文字は、なんと「USA」。

米国代表チームがやってきたのかと思って聞いてみると
「アラバマの大学チームでペルー遠征中」とのこと。
「USA」は別に代表という意味では無かったようです。

もう少し待ってみると、来ました、U-19ペルー代表。
遅れてエクアドル代表なんかもやってきました。

協会主催の大会が開かれているようです。

ということは、半年前にコンタクトを取ってくれた
協会の人もいるのではないかと待つと、やはり来ました。
ペルーソフトボール協会会長さん。

やはり私のことを知っていてくれて
「もう体調は大丈夫なのか?」
ということから聞いてくれました。

その後はU-19ペルー代表対アラバマの大学を試合観戦しながらお話。

会長さん、めちゃめちゃ熱い方でした。
ペルーでのソフトボール普及・レベルアップに
文字通り尽力されているのがわかりました。

今回のアラバマの大学のペルー遠征も彼女によるもの。
カナダでの国際大会の出場も彼女が勝ち取ったようです。

「協力できる範囲でいいからコーチしてほしい」
ということなので時間が合ったらどんどん顔を出したいと思います。



協力隊自体ボランティアという名前が付いているけど、
その協力隊活動以外のところのボランティア、
言うなればボランティアのボランティアという形で、
国レベルでソフトボールの普及やレベルアップの
手助けができることは幸せなことです。



ちなみにコロンビア人コーチはでかかった。
大学時代の同級生のでかいやつより断然でかかったです。

日常にソフトボールがあるよろこび1

IMG_2557.jpg


大学の最後の東海リーグの試合から約3年半。


最後のさいたま市の草ソフトボールリーグの試合から約1年8か月。


協力隊の訓練所でのレクリエーションソフトボールから約1年2か月。


本当に久しぶりにソフトボールをやりました。



場所はでっかい運動場が集約されているAELU。
そこでの秋リーグが開幕。
今リーグから参加です。


このリーグ、おもしろいです。

いろんなローカルルールがあります。


国際的なのと違う主なローカルルールは以下の通り。

・外野は4人で計10人で守備
(だいたいポテンゾーンに配置か、平等に4で割るか)
・打順はベンチ入りしている人全員
(15番バッターとかが出てくる)
・スリーアウト、もしくは打者一巡でチェンジ
(イニングが終わらないってことが無くなる)


第一線から退いた野球経験者5割・初心者4割・ソフト経験者1割
が、だいたいプレーしている層の割合と言ったところでしょうか。


球も全然速くないし、バントの構えをしてもファーストやサードはダッシュしてこない、
たまにルールもほとんどわかってない人もいれば、連携なんてほぼゼロです。
なんでもないショートゴロが野球モーションのせいでセーフになったり、
アウトカウント間違っての走塁も今日は3回見ました。
総じてレベルは低いと言えます。





でも、たのしい!!






「明日はソフトボールだ」なんて考えただけで興奮して
寝つきが悪かったし、朝もぱっと眼が覚めました。

今日はアドレナリンが出過ぎちゃってキャッチボールから大興奮。
そのせいか、試合開始早々ばて気味でした。

ボールを追いかけて、投げてアウトにして、
打って、走って、得点して、喜びを分かち合って…。

そんな、ソフトボールの動作ひとつひとつが楽しくて仕方ありませんでした。


そして、こっちの人も何より楽しんでます。
他の競技ではありがちの、審判に文句言ったり、
敵味方を罵ったり、汚いプレーしたりっていうのが全くありませんでした。
また、試合後の礼や握手なんてのも、ペルーでは超新鮮でした。




「あぁ、俺、やっぱりソフトボール好きなんだなー」

そうはっきり思った一日でした。


今後もできる限り参加していきたいと思います。

生活必需品

もはや欠かせなくなっている生活必需品。

IMG_2540.jpg

speedo社ですよー。
パチモンかもしれないけど。


もともとプール用に買ったものですが、
今じゃ日常生活で欠かせないものになっています。


装着します。
IMG_2532.jpg


ベタだけど使い道は、ネギ。

でも、細ネギです。
IMG_2534.jpg


こんなかんじで
IMG_2539.jpg


切れました。
IMG_2538.jpg




さてはて、細ネギ切ると涙が出てくるのって、日本でも同じですか?
こっちみたくぼろぼろ涙が出るイメージが無いのですが。


それから、タマネギもこっちの方が涙がよく出る気がする。
もうあまりに涙がすごいので、マンガみたくゴーグル装着。
以後、涙は出ていません。



この、ネギを切る際出る涙の原因はアリルプロピオンなる成分だそうです。
ネギ、タマネギ、ラッキョウ、ニンニクなどに含まれると。
んで、ネギ類を切ると、こいつが気化して目や鼻などを刺激するらしいです。

冷やしたり温めたりすることで、
こいつの気化は多少は防げますが、
その分旨味が落ちるとのことです。


目が痛ければ痛いほど、素材に期待できるということでしょうか。


いずれにせよ、ゴーグル作戦を続けたいと思います。

あぁ私のコーンフレークよ

最近水シャワーが厳しくなってきました。
湯沸かし器とバケツは大活躍。
☆秘露備忘録☆「着々と増える生活用品1」

秋→冬と季節は変わっていきます。


ということで、背景も思い切って変えてみました。

季節も変わり、気分も変わりといったところでしょうか。
不評なら戻します。




さて、ペルーで食される一般的な朝食は、コッペパンに何かを挟んだものです。
366491533_d2a279f9de[1]

ちょっとこの写真は肉があまりに立派過ぎるけど、
こんなパンの間にちょこっと
・豚を揚げたもの
・ミラノ風カツレツ
・炒り卵
・チョリソー
・オリーブの実
・チーズ
あたりを挟んで食します。

だいたい一つ30円。
ちゃんとした店でちゃんとトッピングしてても75円。




また、ちょっと市場行くとかレストランに行くと、
カルドデガジーナという鶏ガラスープが味わえます。
peruvian-caldo-gallina-02[1]


鶏と野菜と太めのパスタが数本入っているものです。
でもこれはひとつ150円くらいする高級品です。

これらがペルーで、外で食べられる朝ごはん。




さて、ここ1年くらいの私の朝食はというと、
・家でごはん系(おじやとか)
・家でスープ系(具だくさんのポトフみたいのとか)
・外で上に挙げたどちか
の割合が7:2:1と言ったところでしょうか。

自らパンを食べる習慣がそんなに無いんですよー。


この前バランカの誇るちっちゃなスーパーマーケットというか、
コンビニみたいな規模の店に置いてあるコーンフレーク系に手を出しました。

大麦をとレーズンの、如何にも食物繊維たっぷりですって言ってそうな。

あ、大麦ってトウモロコシじゃないからコーンフレークって言えないよなー。
ああ言ったものの総称ってなんていうんだろう。

まあいいや。

で、今日開けて食べてみました。

美味い!!
なんか懐かしい!!

でも、何口か食べてからあることに気づきます。



「虫、浮いてね?」



牛乳に浮かぶ大麦をスプーンでかき分けると、数匹の虫。

商品の袋の中を見てみると…

何匹かの虫がうろちょろ歩きまわっていました。


あぁ~、数口食べちゃったよ。


しかし、密封されたパッケージの中に、なぜ?

製造過程で迷い込んだのか、それともパッケージに穴でも開いていたか。


いずれにせよ、もう新たには買えなくなってしまいました。

朝食の選択肢が大いに増えると思ったのにー。

スポーツに何を求めるか

seleccion_peruana.jpg

080828_dep10.jpg


昨日、所属する人間開発部にて、協力隊の
短期ボランティアの需要について会議をしていた時のこと。


Ernesto「スポーツの隊員なんかどう?」

人間開発部「スポーツの専門家か、いいね」

E「具体的にはどんな種目?」

人「バレーに水泳にバスケットに…少年少女にスポーツ研修ができるね」

E「ペルーだし、サッカーもいいのでは?」

人「日本からサッカーのボランティア?(一同爆笑)」

E「…。まあいいや。具体的に何を教えるの?」

人「そりゃテクニック以外に何を教えるの。勝つためのテクニック」

まあこんな会話が繰り広げられたわけです。

私自身は今回の会話にすごく大きな違和感を覚えました。

ふと最初に出たのは、最初の爆笑に対する
「Wカップにペルーは出れないけど、日本は出るよ」
という反論でした。

「ペルー人は日本と言えばバレーや水泳ってイメージがあるからサッカーなんかだめでしょ。
サッカーはヨーロッパが一番、南米が二番、他からなんかの指導なんてありえない」

なんて話を聞きながら、
「ただのイメージじゃん。いや、でも、最大の違和感はそこじゃないな」
と思っていました。


何よりの私の違和感は「勝利至上主義」。
ボランティアが来てほしいは勝利のため。
テクニックを磨くのは勝利のため。
スポーツ心理を学ぶのは勝利のため。
指導者育成が必要なのは勝利のため。
スポーツするのは勝利のため。
とにもかくにも勝利のため。


なるほど。
あいつの元凶は「勝てば何でもいい」という考え方から来ているのか。
しつこいけど
☆秘露備忘録☆"ボールは友達"



さて、日本でのスポーツって果たして同じでしたっけ?

結論から言うと、「NO」だと、少なくとも私は思います。

たしかに勝敗を決するというスポーツの性格上、
勝利は目的の1つとなるのは当然のこと。

でも、「目的の1つ」に過ぎません。

私は個人的に、スポーツは勝利という「味」以外に
以下のことを学ぶ・得るべきものと信じてやみません。
(特に団体競技。ランダムに挙げていきます)

・ものごとを継続的に行うこと
・辛いことでも忍耐をもって行うこと
・課題発見すること
・課題解消に向け計画すること
・その計画を実行すること
・規律を守ること
・チームワークを重んじること
・コミュニケーションすること(伝えること・聴くこと)
・礼儀・作法を重んじること
・身体を動かして健康を維持すること

こんなところでしょうか。

スポーツの行く先にあるは、
これらを高めることによる人間形成・育成だと思っています。
スポーツの目的は、実はこれらを学ぶことにあるのではないかと。



だから、指導者はある程度の技術を教えられることとともに、
これらの力を引き出し、育てられる人材が適任と考えます。

(ちなみに、プロやナショナルチームは勝利の重要性が非常に大きくなりますが、
基本的には同じことを学ぶべく、勝利を目指すものと考えます)



昨日、私が人間開発部に「日本はサッカーのイメージが無い」
からと爆笑されて却下されたことに覚えた違和感、
一瞬「日本の方がサッカー強いし」っていう反論で終えそうに
なったけど、引っかかったのはそこではありませんでした。
指導者の人材を選ぶ際、判断材料はイメージが強そうか否か。
それでは上に挙げたような人間育成がなされないじゃないか…。
ここからくる違和感でした。


「『人間開発部』なんだから、テクニックや勝利同等、
いや、それ以上に、人間形成を目的にするべきではないか」
このように質問・説得するも、彼らには「スポーツ=勝負」
以外の何ものでも無く、人間形成という発想は全く無い模様。
昨日は他の議題もあったし、説明は諦めました。


本日、改めて、図説(!)までして解説。
今回は、まずは手始めにスポーツ担当の1人に。
はじめのうちは相変わらずかみ合わなかったけど
「その考え方は興味深い」
と、一応理解してくれたものとしています。

あーでも1人説得するのにこんな労力使うのかよー。
発想という点で無から有を作り出す大変さを実感。


でも、「文化の違い」と言ったらそれまでだけど、
私はスポーツを通しての人間育成の大切さを主張していきたいです。




…ま、その前にスポーツを私が教える機会があるか疑問ですが。

カウンター設置1周年

このブログもカウンターをつけてから1年が経ちました。

このブログが閲覧された回数は1年間で約21,500。

1日平均での閲覧回数は約59。

11月~12月にかけて、ほとんど更新しなかった
時期を考えると、とてもありがたい数字です。


訪れてくれる人も、
「Ernestoの日常はどうかな?」
っていう方から、ペルーや協力隊関連から
行きついた人まで多岐にわたるようです。


そもそも
・ペルーやラテンアメリカ
・スペイン語
・協力隊活動
・何気ない日常
と、いろんなことを綴る予定でしたが、
その目的が果たせているかどうかは微妙なところです。



ただ、11月・12月にPCがぶっ壊れて、
ブログを今ほど更新しなくなったことが
あのストレスためながらふさぎこんだ生活状態を
よりふさぎこませていたことは事実です。
ブログを書くことで、情報を綴るだけでなく、
自分の気持ちを落ち着かせていたところもあったようです。




ということで、今後も情上記の報を綴りつつ、
自分のためにも書き続けたいと思います。


また、何か書いてほしいテーマとかもありましたら教えてください。

必ずしも書けるかはわかりませんが、できるだけ頑張りたいと思います。

フィエスタは続くよいつまでも

週末はうちのアパートの大家さんの結婚式。
招待されて行ってきました。
ラテンアメリカで初めての結婚式です。

残念ながら写真は無し。


昼の1時に始まり…

と聞いていたんだけど、そこはラテン。
30分遅れでスタートです。


場所は、ロカルと呼ばれる、まあ集会場みたいなものか。


興味深かったのは、欧米式だったこと。
教会ででも無く、どっかの宗教でも無く…。
その場に市役所の人がやってきて、皆の前で2人が婚姻届にサイン。
役人が
「法により結婚が認められます」
と読み上げることが、宣誓のようなものとなります。

一旦ライスシャワーを浴びながら退場。

式自体はここで終わりかな。

あとは、パーティーっぽくなっていきます。


新郎新婦はすぐに会場に戻ってきます。

新郎新婦と、その親類たちが感謝の意を述べて乾杯。

次いで、新郎新婦がワルツを踊り、
招待客も、男性客は新婦と、
女性客は新郎と順次踊ります。


続いて会食。
食べ始めたのはだいたい4時くらいかな?


ここら辺からお酒もまわり始めてグダグダになっていきます。
ちなみにこちらでは一本のビールを一つのコップで回し飲みします。


それから、大音量のクンビアとメレンゲ・サルサに合わせて踊り続けます。
ラテン人の鼓膜はどうできているのでしょうか。


暗くなってくると比例して、客も増えていきます。
一番最初は25人くらいのこじんまりとしたものだったのに、
飯のころには40人、踊りが始まると100人くらいになってたでしょうか。


途中、ピエロがやってきて、客をもっと踊らせます。

私は基本的に踊らないのですが、
ピエロに促されて大人数の中踊らされます。
これがまたセクハラの宝庫で、どさくさに紛れて
おばちゃんたちに何度尻を触られたことか。



夜も更けて、いつの間にか新郎新婦もいなくなっていますが
一本を回し飲みするビールと大音量の音楽に合わせた踊りは
いつまでも、とどまることを知りません。

日付が変わっても続きます。


私はその場からはほどほどに切りあげましたが、
恐らく3時・4時まで続いたのではないかと。


昼1時からいた人は15時間くらい。
10時間は飲み・踊り続けたことになります。


「飲み放題」慣れしている日本人は、「飲み」と言えば2時間。
疲れないのかなと思いながら、初めての結婚式を楽しんだのでした。
プロフィール

Ernesto

Author:Ernesto
――――――――――――

「世界の子供たちに笑顔を」

これが私のライフワーク。

メール:
purosunao#yahoo.co.jp
#を@に変えてください。

ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングへ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
5月3日からのカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。