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定期健診での会話集

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血圧をはかるところ

看護師「袖をまくってくださーい」
Ernesto「はーい」
看護師「はい、それでいいですよー」
看護師、まくった服の上からカフを巻く。
Ernesto(袖まくった意味無くね?)



身長を測るところ
看護師「靴脱いで上がってくださーい」
Ernestoはかりに上がる
看護師「176.5cm」
Ernesto「去年より2cmのびた…」
看護師「フフフフフ」
Ernesto「フフフフフ」



問診及び健康相談
医者「取りあえず視力をみましょう」
Ernesto「はい」
~視力検査後~
医「目が悪いですね」
E「はい、なので必要に応じて眼鏡かけてます」
医(カルテ書きながら)「眼科行き、と」
E「えー、悪いだけで眼科行きですか?」
医「目が悪いから眼科行きです」
E「日本にいたときから視力は同じくらい悪くて
 それに合った眼鏡ももってるので大丈夫では?」
医「私の見解では目が悪いので眼科行きです」
E「眼科行ってよくなるものじゃないでしょう」
医「取りあえず目が悪いので眼科行きです」
E「目の病気とかではないでしょう?」
医「ではないです。でも眼科行きです」

この医者、実は昨年も同じ理由で眼科に拘ってました。
そのときはしきりにレーシック手術も勧めてたっけ。
なので、今年もここまでは予想がついてました。
でも、昨年からの鬱憤をちょっと晴らしたくなりました。

E「目に関しては昨年も同じことを言われました。
 ところで、日本にいるときから私は
 ○○値が高くてよく注意を受けていました。
 ここでも去年同じくらいの数値だったにも拘らず
 なぜ、あなたは誰でもわかる目だけを指摘して
 医療知識が無いとわからない、
 病気の兆候にもなりうる○○値を
 指摘してくれないかったのですか?」
医「え?
  そんなの見てないですもん」
E「あなたが見なければ誰がチェックするのですか?
私はたまたまその数値の知識があったものの。」
医「今年はその数値を見ときます」
E「その数値だけ見てどうするんですか?
ちゃんと全部見てください」
医「わかりました」
E「ところで、眼科は行く必要無いんじゃ?」
医「そのことで議論する気はありません。 
  眼科に行ってください」
E「はぁ」


こんなかんじの健康診断でした。
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20年度2次隊帰国と同時にあと半年

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IMG_2852.jpg


20年度2次隊が帰国。

半年前に大変お世話になったまりさんが帰った時も寂しさを覚えたけど、
今回も、歳の一緒の2人の帰国ということもあり、寂しさを覚えます。

それまでペルーにいる協力隊で、82年度生まれは私を含めたこの3人だけでした。

9人しかいないペルーの協力隊なので、3分の1を占める82年度生まれは
一大勢力でした(ってほど固まって何かするというものでもなかったけど)。

そんないろんな大変なことを通った2人も帰ってしまいました。

お疲れ様でした。

日本でのご活躍も応援しております。





彼女らが任期を終えたということは、私もあと残り半年です。

もうすでに4分の3が終了したということです。

長かったようであっという間。

何か残せたかな、なんて思ってる暇があったら残りの4分の1にぶつけましょう。


健康で、充実した半年間としたいと思います。

生誕28周年

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Ernestoが生まれて28年が経ちました。


27年目は、本当にいろんなことがありました。

いいことも悪いことも盛り沢山でした。



28年目の最初の半年は、協力隊の残りの活動期間。
残りの半年は、協力隊後、次へのステップを踏む期間となりそうです。


いいことも悪いことも含め、充実した28年目が送れますように!!

鬼肩を懐かしむ

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こっちでソフトボールをやり始めたのは5月の中旬。
☆秘露備忘録☆「日常にソフトボールがあるよろこび1」

最初はただただソフトボールができると
いうことが嬉しくてたまりませんでした。
もうそれだけで大満足でした。

だんだん続けていくうちに、
ゴロをより正確に取りたくなりました。
打球をより速く遠くに飛ばしたくなりました。
送球をより速く投げたくなりました。


やっぱり私はソフトボーラーです。


ゴロは足腰鍛えてノックの数をこなして…ってすればいいでしょう。

打球飛ばすのは、ちょっと筋トレして素振りして…。
バットを持っていない私としては
この素振りというのが問題になりそうですが、
筋トレだけでも少し、飛距離がのびた気がします。

問題は、肩の強化。
理想は高校時代後半や大学時代1回生・2回生。
たぶん、当時はかなり肩が良かった方だと思います。

いつの間にか肩を痛めて、接骨院・整形外科、
それに鍼やお灸にお世話になる日々の学生時代後半。

そんなことやっているうちに、よかった肩も
並、並以下といつの間にか落ちていきました。

大学を卒業してからは、
「痛い中なんとなく投げれればいいか」と。
「だましだまし」投げてきました。


でも、ここにきて、20歳の時の肩に近づきたくなりました。


ということで、肩再生プロジェクト!!です。


まずは、肩の痛みを軽減すること。
これは、周りの筋肉を強化することと、インナーマッスルっていう、
中の奥の方の筋肉を鍛えることでカバーしたいと思います。


それから、恐らく肩を痛めただけでなく、
投げるための基礎体力とか筋力とかも落ちてると思います。

ボールを投げるときに必要な要素は、
足腰・腹・背中・胸・肩・腕・手首のそれぞれの力。
それぞれがスムーズに連動してはじめて良い球がいきます。

ということで、足腰から鍛えたいと思います。
腕立て・腹筋・背筋とかもやっちゃったりして。




とか思って走り始めたら、さっそく若干肉離れ。


「鬼肩」と言われた当時の肩への道のりは遠そうです。



でも、当時の肩に少しでも近づけたらいいと思います。

バランカの街と郊外での講習会

私の住む街バランカは、約15万人の人たちが住みます。

パンアメリカンハイウェイ沿いに南から
スペ・スペプエルト・バランカ・パティビルカ・パラモンガ
という5つの町の集合体がバランカ群。
pro_BARRANCA.jpg
(手書きの黒い線がパンアメリカンハイウェイ)


パンアメリカン沿いはそれなりに人も集まって住み、
比較的それなりに近代化も進んでいます。

私は村落開発普及員という職種でバランカに来ていますが、
世界の「村落」を想像したら、パンアメリカン沿いの
それぞれ5つの町はそれに相応しくないかもしれません。

しかし、バランカ群はパアンメリカンハイウェイ沿いだけではありません。
パンアメリカンから離れてもやはり村は存在するわけで、
「村落」というイメージはそちらの方ではしっくりきます。

ということで、今まで私は村落開発普及員としては
パンアメリカンハイウェイから遠い集落で活動してきました。


有機肥料作りは大半が農家である彼らにとって
生活に直接かかわることとあって興味を抱いてくれました。

今は社会に出ようとする学生を相手に講習会をしていますが、
質問も頻繁に出ますし、参加態度も非常に真面目です。





先日、ご縁があってバランカ市内の学校にて肥料講習会を開催しました。

はじめてのバランカ市内での講習会です。



結論から言うと、大失敗。

生徒が肥料に興味を持ちません。
講習をやってもほとんど聞いてくれません。
肥料の材料を一人ちょっとずつでいいから持ってきてくれ
と生徒に言ってもほぼ誰も持ってきてくれません。
手で触りながら鶏糞等を混ぜさせますが、
「きたねー」だ、「きゃー」だ言いながら、
逃げ回って全然参加してくれません。

ということで、大失敗。

異なるクラスでやってみたけど、両方とも同じような反応。




なぜ失敗したかを探ってみました。

バランカの田舎の方では、大半の人が農業を主たる職業にしています。
生徒たちも親が農家だとしたら当然身近に感じますし、
教える生徒たちは大きな子たち(16・7歳)なので、
家の農業の手伝いをし、卒業後は直ぐにではなくとも
何年か後には自身も畑で働く可能性が十分あります。

だから、彼らの農業に関する事柄の興味は非常に高いです。


一方、バランカ市内の人たちは、農家として働く人もいれば、
商いをして働く人、何らかの専門職で働く人、と様々です。

その子たちである生徒たちも、農家で生まれ育たなければ
興味の対象ではないですし、自分が畑で働くと言う想像を
している生徒たちも、割合としてはがくんと落ちそうです。

という訳で、どこで生きるかわかんない事柄に対しては興味を持ちづらい。
有機肥料なんて興味を持ってくれないわけです。




ペルーでは一般的に、講習会などがあるときは
軽食を配ることで興味を引き、参加者の数を増やそうとします。

単純だけど、その軽食につられて参加し、
仕方なく講習会の方は聞いていくと言う人が非常に多いです。

一方私は「本当に役に立つ知識なら軽食無しで興味を持たせられる」
という考えのもと、軽食無しでここまで行ってきました。
その代わり、時間配分を考えたり、
反応を見ながら集中できるように対応してきました。


しかし、バランカ市内の学校は、はじめて軽食が活躍しそうです。

ちょっと悔しいけど、仕方なしとします。


それ以前に、需要と供給、街と郊外のそれぞれの人が
どういった興味をそれぞれ持っているのか、
その辺をもう少し考えた上で、活動していきたいと思います。

ペルーで未だに慣れないこと

最初はなかなかな慣れなかったものも、大抵慣れてきました。

夜中に突如始まる近所の大音量音楽鑑賞とか、
チーノって言われることならまだしも
(☆秘露備忘録☆「考察"chino"」)
「チーノコチーノ」(「汚い中国人」の意)って言われることとか、
「行く」・「やる」と言ってたのに結局行かない・やらないだとか、
スポーツの汚さ・ずる賢さだとか
(☆秘露備忘録☆「ボールは友達」
☆秘露備忘録☆「スポーツに何を求めるか」)、
それはまあいろいろと考えさせられたし、
悩みもしたこともありましたが、大抵慣れました。



でも、唯一溜息が未だに出ることがあります。

それは、バスの中のペルー人。



バランカからリマに行くには車無しの場合、バスに乗る必要があります。
リマまでは約4時間の道のりですが、いくつか街に寄っていきます。

その中で一番大きな街にワチョという街があります。
バランカからのバス会社の経営は、
恐らくこのワチョからのお客さんでもっています。
バランカを出発するバスは最初半分以下の乗客ですが、
ワチョで満席にしてからリマへ向かうことになります。

最初書いた「4時間の道のり」というのも、ここワチョで
どれだけ人を早く集められるかによって、4時間以内に
なるか、はたまた5時間かかるか決まってきます。


で、そのワチョで。
待っているお客さんがだんだん痺れを切らしはじめます。

痺れの切れたお客さんの基本行動4つ。
・「ヤ バモー」(「もう出ろよー」)と叫ぶ
・「アバンセー」(「進めー」)と叫ぶ
・窓を平手でバンバン叩く
・床をひたすら地団太する

上記の2つ以上の組み合わせ技をします。


これは、なかなか理解できません。
みんな、ワチョで満席になるまで出ないことを
知っているのに、ちょっと待ち時間が長いとすぐ
ドンドンバンバンしながら「アバンセー」や「ヤ バモー」。
誰か一人が始めます。
1分後には人数を増やしてでドンドンバンバン
しながら「アバンセー」や「ヤ バモー」の大合唱。

ワチョまで気持ちよく寝てたのに、寄りかかっていた
窓も後ろの客にドンドンされて振動と音で起こされます。
この場合、非常に不快です。
バスの窓や床もかわいそうです。


ここだけは、ペルーで1年半を経とうとしていますが慣れません。
果たして残り半年ちょいで慣れるのでしょうか。



他の国ではどうだっけ?
同じようなことはそんなに記憶にありません。
いや、他の国ではローカルバスにそんなに
乗ったことが無いからかもしれませんが。
プロフィール

Ernesto

Author:Ernesto
――――――――――――

「世界の子供たちに笑顔を」

これが私のライフワーク。

メール:
purosunao#yahoo.co.jp
#を@に変えてください。

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